
スーパーで買い物をしていると、ほうれん草が198円。「うーん、特売の日なら98円だけどなー」とつい真剣に悩み立ち止まる。
その数分後、ベーカリーコーナーで焼き立てのパンが並んでいる。香りがふわっと漂う中、350円のパンをカゴに入れる。
しかも、ほぼ迷わずに。
金額だけを見れば、ほうれん草の100円差に悩み、パンの350円を即決するのは矛盾しているように見えます。でも実は、そこにはとても合理的な「感情の判断」が働いています。
ほうれん草は、日常の食材です。栄養があって、体にいい。うちは大家族なのでせめて2袋欲しい。一方、パンはどうでしょう。焼き立ての香り。サクッとした食感。ちょっとしたご褒美感。「今日はこれを食べよう」という小さな高揚。
私たちは無意識のうちに、これは単なる食材か、これはちょっと嬉しくなる時間かを瞬時に測っています。そして後者には、価格比較モードが弱まる。このときの判断軸は「いくらか」よりもこれを食べたら、ちょっと幸せになれそうかになります。
価格は消えていない。でも優先順位が下がっているのです。これは買い物をする主婦に限らず、多くの世代に共通する消費構造です。
そう、「推し」と同じ構造。推しのグッズは即決できるのに、送料390円で悩む。ほうれん草も、「この農家さんの春一番ほうれん草」「今週だけの朝採れ」「シェフおすすめのサラダ用」という文脈がついた瞬間、「今このほうれん草を選ぶ意味」を考え始め“98円と198円の比較対象”から外れる可能性があります。
ほうれん草が悪いわけではありません。ただ、“機能だけで評価されている”ことが多いだけ。売場で、ほうれん草を前に、自分の気持ちとの対話する私たち。
そして売場の仕事・販促のお仕事は、
その対話を設計すること=推し活なのだと思います。
Sales promotion Adviser A.Watanabe

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