ブランド価値逆転の主戦場、
バレンタイン。

毎年この時期になると、いそいそとある百貨店の催事売り場に向かってしまいます。
それは、チョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」。買わずに回遊するだけの日も含め、会期中に2〜3度足を運ぶこともあります。人気商品は早々に売り切れてしまうため、「できるだけ会期の早いうちに……」と。

「サロン・デュ・ショコラ」は1995年、パリで2人の実業家が「ショコラティエやカカオ生産者の名誉を高めていきたい」という思いから始めたチョコレート見本市です。日本では2003年、伊勢丹で初開催されて以降、毎年規模を拡大し、仙台でも開催されるようになりました。東京ほどの規模ではありませんが、それでも十分な見応えがあります。

さて、時を遡ると――。
好きな男子にプレゼントするなら「ピーナツがぎっしり入ったハートチョコレート」一択だった私に、世界を広げてくれたのは、高校時代にアルバイトをしていた老舗百貨店のバレンタイン売り場でした。各メーカー渾身の、トレンドを取り入れたオリジナルのパッケージデザインや展示物に心が躍り、お客様に手渡した瞬間の嬉しそうな表情が、バイト疲れを忘れさせてくれたのです。

その後、バブル景気に押され、菓子メーカーと百貨店によるバレンタインの「キャンペーン商戦」は激化。職場で同僚や上司にチョコレートを渡す「義理チョコ」というカテゴリーが生まれ、一方で「本命チョコ」は高級化しました。G●DIVAを代表とするフランスやベルギーの輸入高級チョコも売れ始めます。もちろんホワイトデーのギフトも高級化。3月14日、たくさんの袋を抱えて百貨店から出てくる男性たちは、少し誇らしげな雰囲気すら漂わせていました。それらを煽るように、アイドルがバレンタインをテーマにした曲をヒットさせ、あらゆるメディアでバレンタインネタが鉄板に。1988年の日経新聞では、バレンタイン商戦の市場規模を1千億円と推計した記事もあったそうです。

バブル崩壊後、不景気や震災を経て「お祭り騒ぎ」は徐々に静まり、義理や本命といった言葉も、随分前から耳にしなくなりました。一方で「友チョコ」や「自分へのご褒美チョコ」など、チョコレートの購入動機は多様化しています。「サロン・デュ・ショコラ」が景気に左右されず動員数を維持しているのは、こうしたマーケットの「気持ち」に丁寧に応えているからなのでしょう。

その証拠に、毎年足を運ぶと、さまざまな変化に気づかされます。
ある年は、華やかにブランディングされたコーナーが増え、「うわぁ、楽しい!」と思って近づくと、実は「モ●ゾフ」、実は「メ●ー」。一つのメーカーが、ペルソナを意識したと思われる複数のブランドを展開していました。この頃はまだ義理チョコ需要も多く、一見すると高級な新ブランドチョコに見えながら、実は安価――そんな商品はとてもありがたい存在でした。
また、ある年はタブレット(板チョコ)が大人気。見た目は地味めでも、ナッツやドライフルーツがたっぷり練り込まれていたり、カカオ含有量が細かく分かれていたり。自分のために購入する「チョコレート愛好者」に向けた商品だったのかもしれません。

そして今年、目立ったのが日本のショコラティエです。17店が初出店する中、11店が日本というのは、とても嬉しいこと。さらに「日本酒ボンボン」がなぜか目立ち、ここは酒屋か?と思うほど多彩な銘柄を扱う店もありました。「和テイスト」のチョコレートも増え、なるほど、東北でも増えているインバウンドを意識しているのかもしれません。思わず足を止めたのは「JAPAN JUICE」のコーナー。全国30種以上の柑橘を使ったオランジェットに、生産者一人ひとりのコメントを添えたパネルが丁寧に設えられていました。

名前だけで行列ができる有名ブランドと、同じフロアで勝負する新しいブランドたち。それぞれのショコラティエが、「どんな素材で、どんな製法で、どんなメッセージを込めるのか」を練り上げ、そのコンセプトをネーミングやパッケージデザインを通じてどう届けるか――その準備期間に費やされるエネルギーの大きさが想像できます。

今年も原材料高騰の影響で価格は上がりました。それでも、「サロン・デュ・ショコラ」に通う本気のチョコレート好きたちの心を動かすことができれば、数カ月後、新たな有名ブランドが誕生しているかもしれません。

クリエイションの短期真剣勝負。
無名の日本のショコラティエに、心からエールを贈ります。

Brand Control Adviser  K.IGARASHI


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